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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和57年(ネ)80号 判決 1984年11月28日

第一審原告(昭和五七年(ネ)第五五号事件被控訴人、

同年(ネ)第八〇号事件控訴人)

山口皇記

右訴訟代理人

下山嘉次郎

第一審被告(昭和五七年(ネ)第五五号事件控訴人)

二木重人

第一審被告(昭和五七年(ネ)第八〇号事件被控訴人)

堀切靖史

右二名訴訟代理人

佐々木曼

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  第一審原告に対し、第一審被告二木は金二、二〇〇万円、第一審被告堀切は金六六〇万円及び右各金員に対する昭和五六年一月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を各自支払え。

2  第一審原告の第一番被告堀切に対するその余の請求を棄却する。

二  第一審被告二木の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その二を第一審被告二木の、その一を第一審被告堀切の負担とし、その余を第一審原告の負担とする。

四  この判決一項1は仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

(第一審原告)

一  昭和五七年(ネ)第八〇号事件につき、

1 原判決中第一審被告堀切に関する部分を取消す。

2 第一審被告堀切は第一審原告に対し、金二、二〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告堀切の負担とする。

4 2につき仮執行の宣言。

二  昭和五七年(ネ)第五五号事件につき、

1 第一審被告二木の本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は第一審被告二木の負担とする。

(第一審被告二木)

昭和五七年(ネ)第五五号事件につき、

一  原判決中第一審被告二木敗訴の部分を取消す。

二  第一審原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

(第一審被告堀切)

昭和五五年(ネ)第八〇号事件につき、

一  第一審原告の本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は第一審原告の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、左記のほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決三枚目表九行目の「そのまま充当した」を「そのまま使つて被告二木重人に支払つた」と、同裏九行目の「よそおい」を「取りつくろつて」と訂正する。

同四枚目表一〇行目の「原告対し……」から同末行の「……拘らず、」までを「これに加担して原告が右のとおり錯誤に陥つているのを奇貨として原告から並外れて高額な代価による売買の申入れを受けたのに素知らぬ振りでこれに応じ、」と、同末行の「陰ぺい」を「隠ぺい」と訂正する。

同五枚目表四行目の「石原との」を「石原と共に」と、同裏六行目の「意思表示取消に基づく」を「意思表示の取消に基づく不当利得の」と、同九行目の「遅滞後の日」を「右取消の翌日」と訂正する。

同七枚目裏八行目の「くれという旨の電話」を「欲しい旨の電話」と、同末行の「述べている。」を「述べた。」と、同八枚目裏五行目の「登記手続申請」を「登記手続の申請」と訂正する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  第一審原告は、農機具の販売業を営んでいる者であるが、右商売の傍ら、水位タヅ子(以下「水位」という。)らとともに不動産の売買仲介を行なつているうちに、不動産売買仲介業者藤崎良行(以下「藤崎」という。)と知り合つた。なお、第一審原告は、第一審被告堀切とは同じ溝辺町の商工会の会員として付き合いがあつた。

他方、第一審被告二木は、農業及び製茶業を営んでいる者であるが、右業務の傍ら、不動産の投機売買や不動産の売買仲介を行ない、また、第一審被告堀切は、石油販売を営んでいる者であるが、右商売の傍ら、不動産の売買仲介を行なつていたものであり、右被告両名は小、中学校時代の同級生として交際している。

なお、前記藤崎と第一審被告二木は、義理の伯父、甥(藤崎の姉ミツエが第一審被告二木の妻恵美子の母に当たる。)であり、かつ、義理の兄弟(第一審被告二木の姉ツミ子が藤崎の弟の妻に当たる。)の関係にもある。

2  第一審被告二木は、投機目的で、昭和五五年七月一三日頃有限会社日本住地から原判決添付別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金二、五〇〇万円で買受け(ただし、右土地の登記簿上の所有権登記名義人は岩元アライである。)、同年七月二六日受付で同年七月二一日売買を原因とする右岩元からの所有権移転登記を経由した。

3  一審被告二木は、本件土地買受け後、これを売りに出していたが、同年九月頃鬼塚幸義から本件土地を二、二〇〇万円で買受けたいとの申し込みを受けたことがあるけれども、同被告が二、五〇〇万円の売り値を譲らず、結局、価格の折り合いがつかないため、契約締結には至らず、同被告の思惑どおり本件土地を有利に転売することができないでいた。

4  第一審被告二木は、同年八月頃斉藤正広に対し、同人が前年六月頃同被告の仲介により買受けた国分市中央一丁目一四五番六の土地及び他六筆の土地(以下「七筆の土地」という。)に隣接する国分市中央一丁目一四五番一、山林9.91平方メートル(登記簿上の所有名義人は同被告の妻恵美子である。)、同所一四五番三、畑二三平方メートル、同所一四九番乙、畑一九平方メートル、同所一五〇番乙二、畑一九平方メートル、同所一五二番乙、畑一九平方メートル、同所一五四番乙一、畑一三平方メートル(以上五筆の土地につき、第一審被告二木は各所有者から農地法五条の許可を条件とする条件付所有権移転仮登記を経由していた。)の六筆を買取つてくれるよう申し込んだが、右斉藤はこれを断つた。その直後、藤崎は、病院の事務長であると名乗つて、斉藤の義父東江武義に対し、前記七筆の土地と右六筆の土地に病院を建設する予定であり、高額で買受けるので、第一審被告二木から右六筆の土地を買取つておいたほうがよいと勧め、右斉藤が第一審被告二木から右六筆の土地を買取るよう側面から工作した。

なお、藤崎の右側面工作は、斉藤正広において、藤崎と第一審被告二木との関係を調査したところ、両者が通謀して行なつたものであるとの疑惑がもたれたので、功を奏しなかつた。しかし、その後、斉藤は、第一審被告二木から、七筆の土地と右六筆の土地を好条件で転売できるように仲介するので、右六筆の土地を買取つてくれるようにとの申し込みを受けたこと及び右七筆の土地を宅地造成するうえで六筆の土地も必要であつたことから、同年九月五日頃六筆の土地を代金五〇〇万円で買受けた(ただし、右六筆の土地のうち一四五番一の土地を除く五筆の土地については、第一審被告二木の買主たる地位の譲渡である。)。そして、斉藤は、右六筆の土地のうち一四五番一の土地につき同年九月一一日受付で同年九月六日売買を原因とする所有権移転登記を経由したほか、右土地を除く五筆の土地につき昭和五六年二月一六日受付で同年二月一四日売買(条件農地法第五条許可)を原因とする条件付所有権移転仮登記をその所有者から経由した。

5  第一審被告二木は、鹿児島銀行から約一、〇〇〇万円の融資を受けて、これを不動産の投機売買に注ぎ込んでいたが、昭和五五年一〇月初め頃右銀行からその返済を求められたため、本件土地を早急に売却処分して返済資金の調達を図ろうと考え、第一審被告堀切に対しても、その売買の仲介を依頼した。

6  第一審原告は、同年一〇月一八日頃藤崎から、本件土地の売買を同原告の名義を使用して行ない、利益をあげる相談を持ち掛けられた。そこで、第一審原告は、右藤崎の話を水位に伝え、同人にも参加してもらい、藤崎からその詳細を聞くことにした。

そして、第一審原告は、同年一〇月一九日水位とともに、藤崎に会つたところ、藤崎は第一審原告らに対し、「国分市で製茶業を経営している人が溝辺の堀切という人に依頼して本件土地を売りに出している。本件土地を都城市のある大きな建売会社が買受けることに自分が話をつけているが、その社長に土地の所有者は溝辺の山口という人であると話してしまつたので、貴方(第一審原告)の名前を使わないとその社長の信用を失うことになる。だから貴方の名前で一旦買取る形にしてもらいたい。手付金を五〇〇万円位用意するので、手付を打つてくれ。山口の名前で買取る契約ができたら、続いてすぐ貴方からその会社が買受ける契約をする。その会社には、三、二〇〇万円で買取つてもらうよう話してあるので、三、〇〇〇万円以下でなら、いくらでもよいから、堀切と交渉を進め、急いで買つてきてくれ。儲かつたら、自分と貴方達と三人で山分けしよう。」(以下「本件儲け話」という。)を持ち掛けられた。

これに対し、第一審原告及び水位は、右藤崎の儲け話に目が眩らみ、その真偽や、藤崎と後に判明した土地所有者である第一審被告二木との身分関係やその信用力などを十分調査せず、藤崎の話を真実であると信じ込んで、第一審被告堀切と売買交渉を進め、本件土地を第一審原告名義で買受けることを引き受けた。

7  第一審原告は、右一九日早速第一審被告堀切方を尋ね、同被告に対し、本件土地を二、四〇〇万円で買受けたいので売主に連絡してもらいたい旨申し入れたところ、第一審被告堀切は、第一審被告二木から二、五〇〇万円で売るように依頼されているので、第一審被告二木は第一審原告の申し出の価格では売らないであろうと答えた。

そこで、第一審原告は、それ以上交渉を進めずに帰宅し、藤崎に対して売主側の売買価格を連絡すると、藤崎は第一審原告に対し、都城の社長には既に現地を見せているので、是非買受けるよう指示した。

8  第一審原告は、その後、第一審被告堀切に対し、売主に会つて本件土地の売買契約を成立させたい旨申し入れていたところ、同年一〇月二七日午後五時頃から売主、買主双方が第一審被告堀切宅で交渉を行なうことになつた。そこで、第一審原告は藤崎に対し、その経過を報告し、同人も交渉の席に出てくれるように要請したが、藤崎は、「契約書に俺の名前は出してくれるな。俺は行かなくてもよい。」と言つてこれを断り、手付金を第一審原告に届けることを約束した。

9(一)  第一審原告は、同年一〇月二七日午後五時頃水位及び寺師春美(以下「寺師」という。)とともに第一審被告堀切宅へ赴き、遅れて到着した第一審被告二木との間に売買交渉を進めようとしたが、第一審被告二木は、同夜宴会があると言つて、交渉を中断し、その席から離れた。

(二)  第一審原告らも、手付金を持参していなかつたので、藤崎の約束した手付金が届くのを待つて売買交渉を進めることにして、交渉を中断したが、第一審原告が第一審被告堀切宅の電話を借用して自宅へ電話を掛けると、藤崎が第一審原告宅へ手付金を持参して待機していることが確認されたため、第一審原告、水位、寺師の三名は第一審被告堀切に断つて、手付金を取りに第一審原告宅へ戻つた。そして、第一審原告ら三名は、藤崎から手付金三〇〇万円を受け取り、再び第一審被告堀切宅へ赴いたところ、同被告から、「二木は宴会に行き、酒酔しているので、今夜は契約できない。明日契約しよう。」と言われたので、契約交渉を翌日に持ち越すことにして、第一審原告宅へ戻つた。

(三)  第一審原告ら三名が同原告宅へ帰り着くや否や、第一審被告堀切が電話を掛けてきて、今夜中に契約を締結しようと申し入れてきたので、第一審原告ら三名は同夜午後一〇時頃第一審被告堀切宅へ赴くと、第一審被告二木も到着し、交渉の結果、第一審原告は第一審被告二木から本件土地を代金二、五〇〇万円、手付金三〇〇万円で買受ける合意が成立し、売買契約書を作成することになつた。

しかし、売主、買主双方ともに、契約書用紙を所持していなかつたため、第一審原告は、第一審被告堀切宅の電話を借用して、同原告宅に待機していた藤崎に電話を掛けて契約書用紙を持つているかどうかを尋ねたところ、藤崎が契約書用紙を所持していると答えたので、第一審原告はこれを取りに自宅へ帰り、契約書用紙(甲第二号証の不動産売買契約書で印刷部分以外白地のもの)を持つて戻つて来た。

そして、水位が、右契約書を参考にして、同年一〇月二八日午前二時頃までかかつて、本件土地を代金二、五〇〇万円で売買する旨の不動産売買契約証書(甲第三号証)を作成した。その過程で、第一審被告二木は、同年一一月三〇日に内金一、〇〇〇万円を、同年一二月八日に残代金一、二〇〇万円を支払うように要求したので、第一審原告は、第一審被告堀切宅の電話を借用して、同原告宅に待機していた藤崎に電話を掛けて、代金支払時期を第一審被告二木の要求どおりに決定してよいかどうかを尋ねたところ、藤崎は右要求のとおり取り決めてよいと承諾を与えた。そこで、第一審原告は、第一審被告二木の要求どおり代金支払時期を決定し、右甲第三号証の不動産売買契約証書記載のとおり第一審被告二木との間に売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結したうえ、手付金三〇〇万円を同被告に支払つた(ただし、本件売買契約の締結の事実は当事者間に争いがない。)。

なお、第一審被告二木、同堀切は、第一審原告が右のとおり再三自宅へ電話を掛けて、売買条件等を決定しているのに対し、殊更無関心な態度を装つていた。

10  本件売買契約締結後、第一審原告は、水位及び寺師とともに自宅へ戻り、待機していた藤崎との間に同年一〇月二八日付の甲第二号証の不動産売買契約書記載のとおり売買契約を締結した。すなわち、第一審原告は、同日大栄住宅産業こと石原真一(以下「石原」という。)の代理人藤崎に対し、本件土地を代金二、七〇〇万円(手付金三〇〇万円、残代金は同年一二月七日までに所有権移転登記に必要な書類と引き換えに支払う。)で売渡す旨の売買契約を締結したが、右契約書の作成に当たつて、藤崎は石原に対し本件土地を代金三、〇〇〇万円で売渡すように話がつけてあるけれども、税金対策のため、契約書面上は代金を二、七〇〇万円と記載するように要求したので、第一審原告は、藤崎の要求どおりに不動産売買契約書を作成し、これに調印した。

そして、第一審原告は、前記9(二)のとおり藤崎から受領した金三〇〇万円を右石原との売買契約の手付金に充当する旨の合意を藤崎との間でするとともに、甲第二号証の契約書に同年一一月三〇日までに内金一、〇〇〇万円を支払う条項を記入するよう要求したが、藤崎は、その頃までに必ず一、〇〇〇万円を用意するので、そのような条項を記入する必要はないと主張したため、第一審原告は藤崎の言を信用して、内金支払いに関する約定は特に記載しなかつた。

11  第一審原告は、同年一一月中旬頃に至り、第一審被告二木から、本件売買契約の内金一、〇〇〇万円(同年一一月三〇日支払約束のもの)のうち五〇〇万円を早く支払つてもらえないかと要請されたので、同年一一月一九日金五〇〇万円を支払うとともに、更に同年一一月三〇日約束どおり金五〇〇万円を第一審被告二木に支払つた(ただし、右各内金支払の事実は当事者間に争いがない。)。

12  その後、第一審原告は、石原との売買契約では、「取引の期日は昭和五五年一二月七日までと定め、右期間内に双方協議の上所有権移転登記に必要なる書類と引換えに、買主は売買代金より手付金を差引いた残金二、四〇〇万円也を売主へ支払う。」(甲第三号証の不動産売買契約証書三項)と約定されていたため、本件売買契約に基づく売買残代金一、二〇〇万円を右一二月七日以前に第一審被告二木に支払つて、同被告から本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受けておかないと、石原から債務不履行として責任を追及されるおそれがあるのではないかと判断した。

そこで、第一審原告は、これを回避するため、同年一二月六日朝第一審被告堀切に対し、「同日午後二時頃までに金策して、本件売買契約の残代金を支払うことにするので、第一審被告二木に連絡してもらいたい。万一、右時刻までに金策ができなかつた場合には翌七日に残代金を支払う。」旨を申し入れた。しかし、第一審原告において右申し入れの時刻までに残代金の調達ができなかつたため、同六日に残代金の決済は行われなかつた。

13  第一審被告二木は、同年一二月六日(土曜日)鹿児島地方法務局加治木支局に対し、本件土地の登記簿謄本の交付を申請し、同登記簿謄本の交付を受けた。

14  第一審原告は、同年一二月七日午前六時頃第一審被告堀切に電話を掛けて、同日午前九時に同被告宅において残代金一、二〇〇万円を支払うので、その旨第一審被告二木に連絡してもらいたいと申し入れ、右時刻に第一審被告堀切宅に赴いたが、同被告堀切は、第一審被告二木が外出して不在であるので、本日決済ができない旨第一審原告に申し入れた。

そこで、第一審原告は、やむなく帰宅したが、その後、第一審被告堀切から、第一審被告二木が午後三時頃に帰つてくるという連絡が入つたので、同時刻頃に第一審被告堀切宅へ来るよう電話連絡を受けた。そして、第一審原告は、水位とともに右時刻頃に第一審被告堀切方へ赴いたが、同被告宅には同被告も、第一審被告二木もおらず、第一審原告はやむなく帰宅した。更に、第一審原告は同日午後六時頃第一審被告堀切方へ赴いたところ、同被告は、第一審被告二木とどうしても連絡がとれないと言つたので、第一審原告は、第一審被告二木の所在を確かめるため、同被告宅を尋ねたが、同被告は不在で、結局、同日残代金の決済は行われなかつた。

15  藤崎及び石原の両名は、同年一二月七日午後一一時過ぎの深夜、第一審被告二木宅を訪れ、同被告に対し、第一審原告が第一審被告二木に対し、本件売買契約の残代金の支払を完了せず、同被告において所有権移転登記手続に必要な書類を同原告に引き渡していないことを確認したうえ、「私所有に係わる姶良郡溝辺町麓字菅ノ口三、三九一ノ八九、一山林三、二一八平方米の買主山口皇記に対する売買契約に就いて、契約の証として手付金は受領して居りますが、昭和五五年一二月午前〇時〇〇分現在に於いて残金決済は完了して居ない事は事実であり、従つて所有権移転に伴う売渡証書、登記委任状、印鑑証明、権利証書は私の手許にあり、買主に交付して居ない事に間違いは有りません。」と記載した事実証明書(甲第八号証の三、乙第一〇号証の一)を第一審被告二木に示して、これに署名押印するよう求めたので、第一審被告二木はこれに署名、押印するとともに、前記13のとおり同年一二月六日交付を受けた本件土地の登記簿謄本をみずから石原に引き渡した。

16  第一審原告は、同年一二月八日朝、第一審被告堀切から、同被告宅で残代金の決済取引を行なうから来てくれとの電話連絡を受けて、同被告宅へ赴き、残代金一、二〇〇万円を第一審被告二木に支払うのと引き換えに、同被告から本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受けた(ただし、右残代金一、二〇〇万円支払の事実は当事者間に争いがない。)。そして、第一審原告は、右書類を利用して、本件土地につき同年一二月一〇日受付で同年一〇月二八日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。

なお、藤崎は第一審原告に対し、前記6のとおり第一審被告二木に対する売買代金は転売先の社長から支払を受けて調達する旨約束していたが、同藤崎が右約束の実行をしなかつたため、第一審原告は前記11の内金一、〇〇〇万円及び右残代金一、二〇〇万円をすべて自己において調達して、これを第一審被告二木に支払つた。

17  第一審原告は、同年一二月九日、本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類を取り揃え、藤崎に対して、第一審原告が第一審被告二木に支払つた金二、二〇〇万円の支払を請求したところ、藤崎は、第一審原告が石原との売買契約の取引日である同年一二月七日までに本件土地につき同原告名義に所有権移転登記を経由せず、かつ、同日現在第一審被告二木から所有権移転登記手続に要する書類の交付も受けていなかつたから、契約違反であるとして、右金二、二〇〇万円の支払を拒絶した。

18  石原は、同年一二月一〇日第一審原告に到達した同年一二月八日付の催告書(甲第八号証の二)をもつて同原告に対し、同原告の契約違反を主張して、甲第二号証の不動産売買契約証書の約定に従つて違約金六〇〇万円(手付金三〇〇万円の倍額)の請求書を郵送してきた。その際、石原は、その証拠として、前記15のとおり第一審被告二木から交付を受けた事実証明書(甲第八号証の三)を同封してきた。

更に、石原は、その頃第一審原告に対し、同原告が石原との売買契約に関して水位と共謀し、石原の代理人である藤崎を欺罔して金五〇〇万円(第一審原告と石原との売買契約の代金三、〇〇〇万円と本件売買契約の代金二、五〇〇万円の差額)を騙取しようとしたので、都城警察署へ同原告を告訴した旨の同年一二月一一日付の告訴状(甲第九号証の二)を送付し、同原告が右違約金六〇〇万円を支払わないと刑事告訴も辞さないような構えを示した。

19  そこで、第一審原告は、同年一二月一八日石原宅へ赴き、同人に対し本件土地を引渡すので代金を支払つてくれるよう求めたところ、石原は第一審原告に対し、前記15のとおり第一審被告二木から交付を受けた本件土地の登記簿謄本を示して、第一審原告が同年一二月七日までに第一審被告二木から本件土地の所有権を取得し所有権移転登記を経由していなかつたから、同原告に契約違反があると言つて凄み、同原告が違約金六〇〇万円を支払うなら、本件土地を買い取つてやると主張したため、結局、第一審原告と石原の交渉は決裂した。

なお、石原は、その後、暴力団関係者に依頼して、第一審原告に対し違約金六〇〇万円を支払うよう請求してきたが、同原告が右請求に応じなかつたところ、石原は第一審原告に対しそれ以上請求しなかつた。

20  そこで、第一審原告は第一審被告二木に対し、昭和五六年一月一二日付内容証明郵便をもつて前記9の本件土地買受の意思表示を取消し、売買残代金二、二〇〇万円の返還を請求する旨の意思表示をし、右書面は同月一四日第一審被告二木に到達した(当事者間に争いのない事実)。

このように認めることができ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二右一認定の各事実並びに原審及び当審における第一審原告本人尋問の結果によれば、第一審原告は、藤崎から本件儲け話を持ち掛けられて、その言を信用し、第一審原告、水位、藤崎の三者間で、第一審原告が本件土地を第一審被告二木から買受けた後、直ちにこれを石原に転売して、右両売買契約の代金額の差額を右三名で山分けすることを合意したが、藤崎の真意は、石原と共謀して、第一審原告と石原との間の売買契約に関して同原告の債務不履行を誘発させ、同契約の違約金支払条項に基づき石原側から同原告に交付された手付金三〇〇万円の倍返しを受けてこれによつて利得を図ることにあつたのであつて、そのために第一審原告を欺罔して同原告と第一審被告二木との間に本件売買契約を締結させようと企てたものであること、従つて、第一審原告は、藤崎の右意図を知つていたならば、本件土地を第一審被告二木から買受ける意思は全くなかつたのであるが、藤崎の言を信用し、石原との売買契約との売買差益金の三分の一を利得できるものと誤信して、第一審被告二木との間に本件売買契約を締結するに至つたことが認められる。

他方、第一審被告二木重人本人は、原審及び当審(第一回)において、第一審被告と藤崎とは不仲で交際もなく、また共同して不動産の売買仲介をしたこともない旨両者の関係を極力否定する供述をするが、前記一1認定のとおり同被告と藤崎は親族関係があること、前記一4認定のとおり藤崎は本件売買契約が締結される前の昭和五五年八月頃に斉藤正広が第一審被告二木から土地を買取るよう側面工作を画策したことがあること、前記一15認定のとおり第一審被告二木は昭和五五年一二月七日の深夜に訪れた藤崎及び石原の求めに応ずる形で事実証明書(甲第一〇号証の三、乙第八号証の一)を交付したのみならず、その前日の一二月六日に態々本件土地の登記簿謄本の交付を受けておき、これをみずから石原に引き渡していること、当審における第一審原告本人尋問の結果によると、藤崎が交通事故により昭和五八年四月八日頃から同年一〇日頃まで入院していた間に、第一審被告二木はこれを見舞つていることなどの各事実に照らすと、右第一審被告二木重人の供述はにわかに措信し難く、かえつて、右各事実によると、第一審被告二木と藤崎及び石原とは本件売買契約及び第一審原告と石原との売買契約の各締結に関し密接な連携関係を保つていたものと推認することができる。そして、この事実に前記一認定の各事実を併せ考えると、第一審被告は昭和五五年七月に投機目的で有限会社日本住地から本件土地を代金二、五〇〇万円で買受けたけれども、その思惑に反し本件土地を右買値以上で転売することができなかつたことから、その損失を回避するため、藤崎及び石原と示し合わせたうえ、第一審原告にこれを不当な高値で売りつけるため同原告との間に本件売買契約の締結を図つたものと認めることができ、従つて、第一審被告二木は、本件売買契約の締結までの間には、藤崎が第一審原告に対し前記認定のような巧な工作によつて詐欺を行ない、同原告が藤崎に欺罔されて本件土地を買受けることを共謀者の一人として十分知りながら、あえて右売買契約を締結したものと認めるのが相当である。

原審及び当審(第一回)における第一審被告二木重人本人、原審及び当審における第一審被告堀切靖史本人の各供述中、右認定に反する部分は前記一冒頭の各証拠及び弁論の全趣旨に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三ところで、第一審原告は、第一審被告二木は藤崎及び石原と共謀して、藤崎の第一審原告に対する詐欺行為を知りながら、知らない態を装つて本件売買契約を締結し、第一審原告から売買代金名下に金二、二〇〇万円を騙取したものであり、また、第一審被告堀切はその事情を知りながら右詐欺を幇助したものであり、その共同不法行為に基づき第一審原告は金二、二〇〇万円の損害を被つた旨主張する。

1 しかしながら、前記認定一の各事実及びその推移に照らすと、第一審被告二木が転売困難な同被告の本件土地を高値で第一審原告に売りつけようと藤崎、石原らと共謀したことが認められるが、第一審原告から金二、二〇〇万円を売買代金名下に売買目的物たる本件土地を渡さず騙取しようとするまでの故意があつたことは第一審被告堀切はもとより同二木についても、本件全証拠によつてもこれを認めるに足らない。そして、前記一認定の各事実及び前記二認定の事実を総合勘案すると、第一審被告二木が前示のとおり本件土地を第一審原告に売りつける意図で藤崎及び石原と共謀のうえ詐欺行為を行ない、第一審被告堀切もある程度その事情を知りつつあるいは重大な過失により事情を知らないでこれを幇助したことが認められ、前示措信しない証拠のほか右認定を覆すに足りる証拠がない。

ところで、第一審原告主張の請求原因を仔細に検討すると、前示のとおり「第一審被告二木が藤崎、石原と共謀のうえ、知らない態を装つて売買契約」をしたことをもつて一つの加害行為と構成しているものともいえるのであつて、前示のように本件土地を渡さずに二、二〇〇万円の金員を騙取する故意や共謀が認められないからといつて、その損害額の範囲はともかくとして、不法行為の成立そのものを否定し去ることはできない。

2  そこで、右本件土地を詐欺により第一審原告に売りつけた不法行為に基づく損害の有無とその範囲を検討する。

第一審原告は前示のとおりその請求原因において、右不法行為により、第一審原告が売買代金名下に二、二〇〇万円を騙取され、同額の損害を被つた旨主張している。

ところで、前記一16認定のとおり第一審原告は本件売買契約に基づき一たん本件土地の所有権を取得し、所有権移転登記を経由していること(前示甲第一号証によると、本件土地には担保物権等は設定されていない。)、原審鑑定人川田恵一の鑑定の結果によれば、本件売買契約当時における本件土地の取引価格は金六六六万円と評価されていること、当審(第二回)における第一審被告二木重人本人の尋問の結果により成立を認める乙第一四号証(不動産鑑定士中神裕和作成の鑑定評価書)によれば、本件売買契約当時における本件土地の取引価格は金一、八二四万円と評価されていることが認められ、これらの事実に照らすと、第一審原告がその主張のとおり売買契約締結当時金二、二〇〇万円の損害を被つたものではないといえそうにも見える。

しかしながら、第一審原告は前記認定一20のとおり第一審被告二木に対し本件土地買受の意思表示を詐欺により取消す旨の意思表示をし、これは後示四のとおり有効であるから、本件土地の所有権は右取消の時に第一審被告二木に復帰したものであつて、その結果第一審原告は右被告に支払つた売買代金から藤崎出捐の手付金を差引いた残額二、二〇〇万円の損害を受けたものというべきである。もつとも、第一審原告は後示四のとおり第一審被告二木に対し不当利得によりその返還請求権を有するけれども、この返還請求権があるからといつて、第一審原告に生じた前示売買代金内金相当の損害が回復されたとはいえず、およそ売主が買主を欺罔して売買契約を締結し、売買目的物が引渡された場合には、特段の事情のない限り買主において自ら必要ともしない売買物件を引取るべき義務はないから、その契約を取消し、支払つた売買代金額の返還を不法行為または不当利得のいずれを原因としても請求でき、両請求権が競合するものというべきである(大判大正三年五月一六日刑録二〇輯九〇三頁、大判昭和六年四月二二日民集一〇巻二一七頁など参照)。

3 ところで、前記認定一の各事実及び<証拠>を考え併せると、第一審原告は儲け話に目が眩らみその真偽や第一審被告二木、藤崎及び石原の身分関係ないしその信用状況などを十分調査しなかつた過失があつたというべきであり、とくに前記認定一4の事実のとおり本件と同種の欺罔手段をもつて土地を売りつけようとした藤崎、第一審被告二木に対し、被害者である斉藤正広が右両人の身分関係を調査してその通謀を察知し被害を免れていること、第一審原告自身も前記認定一1のとおり副業として不動産仲介を行なう者であることなどに照らすとその過失は少なくない。

第一審被告二木は自ら藤崎、石原と共謀のうえ第一審原告を欺罔して故意に本件土地を売りつけたものであるから、信義則上過失相殺を行なうべきでないが、前示のとおり本件詐欺行為による取引につきその情を察知し、または過失により情を知らないで自宅をその取引場所に提供するなど僅かな幇助行為をしたに過ぎない第一審被告堀切との関係では、前示第一審原告の過失を斟酌して七割の過失相殺を行ない右被告の損害賠償額を前示売買代金内金二、二〇〇万円の三割に当たる六六〇万円と定めるのを相当とする。

4 不法行為に基づく損害賠償債務は原則として不法行為の日または損害の発生の日から遅滞に陥るものというべきところ、本件のような詐欺に基づく不当利得返還請求権と不法行為による損害賠償請求権が競合する場合であつて、しかも後示四のとおり右不当利得返還請求権が同時履行の抗弁によりその履行遅滞の責任を追及できないときであつても、詐欺による契約の取消の場合における相手方として利益を受けた者は、自ら詐欺による不法行為を行なつたものであつて、不法行為責任の性質上民法五〇九条により相殺が禁止されていることに照らして同時履行の抗弁権を認めるべきでないし、民法七〇四条の悪意の利得者が利得金額に民法所定の年五分の利息を付加して返還する義務あることとの権衡上不法行為に基づく損害賠償請求権についても前記原則どおり右契約の取消がなされた時点以降その遅延損害金を付加して支払う義務があるものと解すべきである。

四第一審原告が第一審被告二木に対し、前記認定一20のとおり昭和五六年一月一四日到達の内容証明郵便をもつて、本件売買契約を詐欺によるものとして取消す旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、前記二認定のとおり第一審被告二木は藤崎、石原と共謀のうえ自ら詐欺行為を行ない、または少なくとも藤崎による第一審原告に対する詐欺行為を知りながら、あえて本件売買契約の締結に応じたものと認められるから、藤崎の詐欺を理由とする第一審原告の右取消の意思表示は民法九六条一、二項により有効なものというべきである。

ところで、売買契約が詐欺を理由として取消された場合における売主、買主双方の原状回復義務は、民法五三三条の類推適用により同時履行の関係にあるものと解するのが相当である(最高裁昭和四七年九月七日第一小法廷判決、民集二六巻七号一三二七頁参照)。そして、これを本件についてみると、詐欺による取消に伴う原状回復、すなわち不当利得返還請求として、第一審被告二木は第一審原告に対し、売買代金二、二〇〇万円の返還義務を負い、第一審原告は第一審被告二木に対し、前記一16認定のとおり本件土地に経由した所有権移転登記の抹消登記手続義務を負うものであるところ、右第一審原告、第一審被告二木の各義務は互いに同時履行の関係にあるものである。

そうすると、第一審原告は、第一審被告二木が同原告に対し、右取消に伴う原状回復として、本件売買代金のうち金二、二〇〇万円の返還とこれに対する取消の意思表示が到達した日の翌日である昭和五六年一月一五日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があると主張して、その支払を求めているが、右のとおり第一審原告と第一審被告二木の各義務は同時履行の関係にあるから、第一審被告二木の代金返還債務の履行の遅滞には違法性がなく、同被告はその遅滞の責を免れるから(大判大正六年四月一九日、民録二三輯六四九頁参照)、第一審原告は第一審被告二木に対し、右金二、二〇〇万円の返還を求めることができるにとどまるものというべきである。ただし、第一審被告二木は右同時履行関係を抗弁として主張しないから、もとより引き換え給付判決を命ずることはできないし、またそもそも前示のとおり第一審被告二木は不法行為による損害賠償責任が認められるから、これに基づく損害賠償請求を認めるほか、不当利得返還請求を認めることを要しない。

五  以上のとおりであるから、不法行為に基づく損害賠償として、第一審原告に対し、第一審被告二木は金二、二〇〇万円、第一審被告堀切は金六六〇万円及び右各金員に対する昭和五六年一月一五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を各自支払う義務があるものというべきである。

よつて、右と結論を異にする原判決は不当であるからこれを変更し、不法行為に基づく損害賠償として第一審被告らに主文一項1のとおりその支払を命じ(なお、原判決は第一審被告二木に対し、当裁判所が認容すべきであるとする右金員と同額の金員の支払を詐欺による原状回復に伴う不当利得返還請求として命じているが、この点は付帯金請求部分が不当であるから、当審に移審している第一審原告の選択的併合請求にかかる不法行為に基づく損害賠償の付帯請求として右金員の支払を改めて命ずることにする。)、第一審原告の第一審被告堀切に対するその余の請求は主文一項2のとおり棄却し、また、第一審被告二木の本件控訴は結局理由がないから、これを主文二項のとおり棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(吉川義春 甲斐誠 玉田勝也)

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